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無邪気な子供

仏教徒の修行も同じことである。その最高の段階に到達すれば、仏陀のことも、法(ダルマ)のことも、自己欺瞞からも、偽善からも、自由になる。しかるときは、不動智は、結局、無智であり――両者は二ならず、一である、ということができる。ここには、ある点を選択する際に、人に躊躇させるところの、分別智というものがなく、したがって、無念無想という心境の熟達にとって有害な、「止まる」ということが、どこにも存しないからである。無智の人は、智力をいまだ目ざまさぬから、素朴のままにある。賢い人は智力のかぎりを尽くしているから、もはや、それに頼らない。両者は睦まじい隣り同志である。「生ま知り」の人にかぎって、頭を分別でいっぱいにする。

(禅と日本文化  鈴木大拙より)

なんだか残しておきたいなと思ったので、ここに参照させていただきました。

無邪気な子供のように治療がやりたいなと思う、今日この頃です。

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廻る世界の静止の点に。 肉体があるでもなく、ないでもなく、 出発点も方向もなく、その静止の点――そこにこそ舞踏がある、 だが、抑止も運動もない。それは固定とは言えない、そこで 過去と未来が一つに収斂するのだ。出発点もない方向もない運動、 上昇でも下降でもない。その一点が、その静止の点がもしなければ 舞踏など存在しないだろう。だが、現実には舞踏こそ唯一の存在。 そこにわたしたちはいたとは言える

自然現象と心の構造

この本には、ユングとパウリ、二人の文章が1本づつ入っています。 ユングの「Synchronicity共時性」が読みたくて探しているとこんなとこに入ってました。 ちなみに、このSynchronicityはバイオダイナミクスの推薦書です。しかも。訳者はあの有名な河合隼雄です。 しかしこの本は簡単な本ではありませんので、わかりやすく説明しているwebページを見つけましたので、まずはこちらから読んでみても

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