discrete degrees不連続の度
- itami-osteopathy
- 3月3日
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目的・原因・結果という場合のように、前のものは前のものだけで、後のものは後のものだけで存在し得る度である。そしてその三者合わせて一つになるのである。この不連続な度は宇宙全体を充たす大気、すなわち至高天界の太陽から、至低の地上に至るまでの空所に充ちている空気やエーテルにもあって、各度互いに隔たっている。
この度にある三者は、単体、単体の集合体、集合体のまた集合体というようなもので、これをまとめれば、また一つの複体をなす、こういう度を不連続な度というのである。これを不連続の度というわけは上下区画されているからで、またこれを高さの度ともいう。連続の度は連続的に増減するからであり、これを広さの度ともいう。
度について無智なるものは、原因に対して何らの判定もなし得ず、ただ見るものは結果にすぎない。
しかも、彼らはその結果によって原因を判断しようとするから、順をたがえて見界が間違ってくる。原因と結果とは各別個の事件で前者と後者あるいは能作と所作のように、不連続の度でつながっているのである。
広さ、すなわち連続の度というのは、光が陰に移り、熱が冷に、剛が柔に密が稀に、厚が薄に移るときのようなものである。これらは眼でも見られるが、高さ、すなわち不連続の度はこのようには知られない。これは目的、原因、結果を通じて結果を生ずる、これが最後の目的である。
自然界にある物体は、すべて三個の面積(縦、熱、高さ)を有する複体であって、みなこの高さ、すなわち不連続の度を持つものである。今これを例解するに、例えば、人体内の各個の筋肉は、極めて細い線維から成り立っていることは観察によって知られている。この細い線維が集まってより太い線維を生ずるが、これが運動線維である。これがさらに集まって、ついに一条の筋肉をなす。また神経の場合も同様、極めて細い神経線維が集まって、段々と太い線維となり、これを束ねて神経ができる上がる。
すべての結合体もみな同じ、細いのを束ね重ねて、ついに機関となり、臓器となり、組織となる。みなこの度を経てでき上るのに変わりはない。さらに植物界、鉱物界の事物一切、全般的、個別的に見ていずれも同じ、木材も金属も、すべて三重の度を経て集合体を結成しているのである。これを見て、不連続の度とは何ものかということがわかるであろう。すなわち乙は甲よりなり、丙は乙より成る、そしてこの三者たる丙を複体といい、各自に隔離しているのである。
これらの事物はその順序において、目的、原因、結果の如くであることは明らかである。何となれば第一位になる至小なものは、中位によって原因を生じ、終位によって結果を生ずるからである。
度の高さと広さの二種がある。広さの度は光の陰に移るように、あるいは無智から智に進むように漸次変わっていくのであるが、高さの度は、目的、原因、結果、あるいは前、後、終のように段階的に進む。故に、高さの度では上下といい、広さの度では増減という。この二つの度は全く別であり、混同してはならない。
なぜすべての完全は、この度とともに、あるいはこの度に従って増進し向上するかというと、一切事物の属性(同類に共通した特性)はそのもの自体と一緒に変わるものだからである。そして完全とか不完全というのは、その属性の全般的形容であり、これは生命と力と、その形式の三つの上に適用すべきものである。
『神智と神愛』スウェーデンボルグより


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